高柳 明音(たかやなぎ あかね、1991年〈平成3年〉11月29日 - )は、日本のタレント、舞台女優であり、女性アイドルグループ・SKE48とNMB48の元メンバー。チームKIIでは2014年までリーダーを務めていた。愛知県名古屋市出身。エイベックス・マネジメント所属。
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 卒業発表から実に488日――。

 発表から実際に卒業するまでの期間が48グループ史上最長となったSKE48高柳明音が、4月10日に卒業コンサート4月27日に劇場での卒業公演を開催。

 約12年のアイドル活動の歴史が幕を閉じたのだった。

◆昨年3月に予定されていた卒コンが延期に

 コロナ禍で昨年3月に予定されていた卒コンが延期となり、いつになったら開催できるのか不明なまま、約1年半が経過。

 それでもなお、絶対にファンの前で卒業したい。彼女がそう望んだのは、48グループが常に現場のファンたちと歴史を積み重ねてきたからだ。

「自分のことを特別な存在だとは思っていなくて、頑張らなきゃ特別な人には届かない。ただの一人の女のコだった私が夢を見させてもらえSKE48に、一緒に夢を見てくれたメンバーファンのみなさんに本当に感謝しています」

 卒業公演でこう語ったように、いわゆる“普通のコ”が集まって愛知県名古屋市の栄にある劇場を中心に活動してきたSKE48。握手会でリアルコミュニケーションを重ね、選抜総選挙ではファンたちが懐を痛めてでも支えてくれた13年間を過ごしてきた。

 それだけに、卒業コンサートと卒業公演をリモートでやるという決断はできなかったのだ。

高柳明音のために集結した3500人

 4月10日の卒コン会場に集まったファンたちも、声を出せない分、大きな手拍子やペンライトの光でライブを待望んでいた気持ちを思う存分、表現した。

 開演前の影アナでは、イベントタイトル「私の兆し、皆の兆し~あかねまちゅりだ!~」にも使われた、かつての自己紹介フレーズである「あ〜かねまちゅりだ、ちゅりっ、ちゅり!」という言葉に合わせて、大きな手拍子がパパン!パパン!と日本ガイシホール中に響き渡った。

「あ〜かねまちゅりだ」と聞けば、思わず手が動いてしまう訓練された猛者のみで会場が埋まっていた。約3500人と高柳の心が通じ合った瞬間だった。

 その3500人の中には、12年間追い続けた者、途中から応援し始めた者、あるいは過去に現場通いしていたが現在は遠ざかっている者まで、さまざまな境遇のファンたちがいたことだろう。

 最寄り駅の改札で、推しTシャツに身を包んだ二人の男性が「おおーやっぱりいましたか!」「もちろんですよ、お久しぶりです。今日は来るしかないですよね」と挨拶しあっている光景を目にした。

 古参同士が久しぶりに現場で再会したのだろうか、あるいはコロナ禍で遠ざかっていた現場仲間の再開か。いずれにせよ、配信ライブでは味わえない現場の絆が、会場のいたるところで再確認されていたはずだ。

◆卒業コンサートがもたらした“兆し”

 そして高柳の卒コンはグループにとって、2000年2月15日の静岡エコパアリーナコンサート以来の大箱のライブでもあった。一人の功労者が卒業するという意味に加えて、SKE48にとっても大きな意味を持っていた。

 コロナ禍ライブリモート配信になってしまう状況が続き、ファンたちももどかしい思いをしてきたが、それはアイドルたちも同じ。

 コロナ禍においても続いていたSPA!本誌の連載「ずぶ濡れSKE48」の取材をするなかで、「応援してくれるファンのみんながいてくれたことで、自分たちはアイドルでいられたのだと再認識した」「早くファンのみんなの前でライブをやりたい!」という声を数多く聞いてきた。

 だからこそ、約1年ぶりにステージパフォーマンスを披露して、声援を浴びることで笑顔を見せるアイドルたちの姿は生き生きとしており、ファンたちもこれを待ち望んでいたのだと言わんばかりの、大きな拍手を何度も送り、声が出せないながらも会場の熱気を感じられるライブとなっていた。

 バラードアレンジされた『愛の数』をソロで歌い上げた後の2曲目『兆し』では、旗を持ったグループメンバーたちが太鼓の音に合わせて行進しながら入場。

〈今 僕たちは校舎の屋上に集まり 夜明けが来るのを一緒に待ってた〉。こんな一節から始まるこの曲の歌詞は、長い間多くの観客の前でパフォーマンスできなかったアイドルたち、そしてその姿を現場で目撃できなかったファンたちの状況と重なる。

 だからこそ、卒業コンサートラストでの「最高のライブだったー!」という高柳の叫びに対して、1年以上、モヤモヤを溜め込んできたSKE48の全メンバー、そして会場に集まったファン、配信を見ているファンたちが全力でうなずいていたことだろう。

 ライブタイトルの通り、SKE48メンバーファンひいては関係者たちにとっても明るい”兆し”が見えるライブであった。

◆1年半前と変えなかったセットリスト

 卒コンならではなお涙ちょうだいのMCもなく、ライブ前のオンライン囲み取材で意気込みを聞かれた際にも「自分の思いは全てセットリストに込めたので、ライブを見てほしい」の一点張り。

 実直で不器用なのはわかるが、少しは語ってくれてもいいのでは……。そう感じた取材陣もいたはずだが、いざライブを見れば、そんな思いは吹き飛んだ。

 チームKⅡのオリジナル公演やAKB48の選抜総選挙ランクインした際に参加シングル、兼任したNMB48まで、彼女が辿ってきた道や歴史を網羅しつつ、それぞれの曲が一緒に出演するメンバーへのメッセージでもあったのだ。

 このセットリストは、約1年半に作った内容から「99%変わっていない」とのことで、一度決めたらやり抜く有言実行の彼女らしい一面が垣間見える。

 自分のファンなら、SKE48が大好きな人たちならわかってくれるはず。そんな思いを込めつつ、ファンたちにそれを読み解く楽しみも残すあたり、ニクい演出だ(その4日後、思いつきで急遽YouTubeライブにて夜の21時から日付をまたいで『緊急生配信高柳明音卒業コンサート あかねまちゅり大解説!!!』で全解説を行うあたりも実に彼女らしい)。

 そんなライブを繰り広げた後だからこそ、最後の劇場公演では、涙を流しながら溢れ出す思いを何度も言葉にする様子は、胸を打った。

◆最後の「ラムネの飲み方」

 黄色いTシャツで会場が埋まった4月27日。卒業公演のセットリストはもちろん「ラムネの飲み方」。

 ファンにとっては言わずとしれたSKE48チームKIIの3rd公演であり、チームにとって初めてのオリジナル公演。2011年AKB48選抜総選挙で23位にランクインした際の壇上で、秋元康に「私たちに公演をやらせてください」と涙を流して直訴したことがきっかけでつくられた公演である。

 先輩のチームSが次々に新しい公演を行うのを横目に、報われない日々が続く。そんな状況で作られた公演を象徴する『お待たせSet list』を4曲目に披露した際には、涙ぐんで踊っていた高柳。直後のMCにて涙の理由をこう語った。

「この曲をいただいた当時『おまたせ! みんな待っててくれてありがとうって気持ちを、何年先までも、新鮮な気持ちでやっていけるのかな、いつまで歌い続けていけるのかな』 って思ってたんですけど。今日この曲を歌ったとき、ああ、これが一つの完成形なんだって思いました」

 この言葉は、12年間常に全力でやりきった証だ。後のMCでも「後悔はない」と言い切った。

SKE48に入って、センターになりたいって言えなかったんですね。初期から目の前に立ってきたWセンターを見てるからこそ、簡単には言えなくて。ファンの人たちから『明音ちゃんのセンターが見たかった』と言われた時、1回くらいそう言えばよかったかなって思った。でも、時間が巻き戻っても、言わないと思う。それは、いまこの瞬間に後悔がないからです」

◆私にとっての宝石

 アンコールで自身の卒業曲『青春の宝石』を歌った後には、「私にとっての宝石は、自分の記憶や思い出に重ねて歌ってきたけど、今日はみなさんの存在一つひとつが、私にとっての宝石だなと思って。ここは宝箱みたいだなと思っちゃいました。ちょっとくさいけど」と歌詞になぞらえて感謝の気持ちを語るが、少し照れが見え隠れする話しぶり。

 アンコールで全ての曲を歌い終え、最後の挨拶では、涙で声を詰まらせながら、ラストにふさわしい素直な気持ちを語った。

「いつも恥ずかしくて言えなかったけど……みんなのことが……本当に大好きです。みんながいてくれたから頑張れました。その分、これからも恩返しをしていきたいと思います。みんながかけてくれる『明音ちゃんがいたから頑張れた』『救われたよ』って言葉に、私も救われました。生きててよかった、生まれてきて本当によかったって思いました」

 誰かを救い、救われる関係性――。現場の当事者たちにとって、“不要不急”とはいえないのではないか。そんなコミュニケーションを積み重ねてきたアイドルファンの絆が感じられる卒業コンサートと卒業公演であった。

取材・文/森ユースケ 写真/©2021 Zest,Inc



(出典 news.nicovideo.jp)